「ディープインパクト死す」
ニュースを聞いて衝撃を受けた。
一昨日のNHKの9時からのニュース番組でも、トップニュースとしてかなりの時間を割いてその功績を取り上げていた。
それだけ、大きな出来事だったと言える。
私の競馬歴は、まだ、たかだか16年程度だ。
私が住む岡山には競馬場がないので、JRAの勝ち馬投票券が携帯で購入できるようになってから始めた。
ディープインパクトに出会ったのは、私が馬券を買い始めてから2年から3年後だったように思う。
忘れられない衝撃的なレースがある。
ディープインパクトが3歳の時に挑んだクラシック初戦の皐月賞だ。
このレース、ディープはスタートでつまずき、鞍上の武豊騎手は、あわや落馬か、という状態だった。
なんとか態勢を立て直したものの、好スタートを切った馬たちを最後方から追い上げていく形となった。
普通なら、この時点でもう勝ちはない。
なにせ、他の馬たちもトライアルを勝ち上がってきたような強者ばかりだからだ。
ところがディープは何もなかったかのように、涼しげに位置を上げていき、最終コーナーを馬なりで、大外から他の馬たちをごぼう抜きし、悠々とゴール板をトップで駆け抜けた。
これには、競馬ファン、同じレースで闘っていた騎手、関係者は度肝を抜かれ、衝撃を受けた。
「なんて凄い馬なんだろう!」と。
一頭だけ次元が違った。
その後のG1レースも同じように鮮やかな大外一気を決めたが、この時の皐月賞は、ディープインパクトの強さを象徴しているレースとして語り継がれることになるだろう。
一昨日のNHKニュースでも、このレースを取り上げていた。
ディープインパクトは、その後、日本ダービー、菊花賞も勝ち、無敗の3冠馬になった。
ディープの強さを、武豊騎手は「走っているというより、飛んでいる感じ」と表現したが、そのことは科学的にも「他馬よりも飛びが大きく、滞空時間が長い」ということが証明された。
4歳になってからも、天皇賞春、宝塚記念、ジャパンカップを制し、暮れの有馬記念を勝った後、早々に引退し種牡馬になった。
ディープは種牡馬になってからも凄かった!
G1レースを制するような強い馬たちを数多く残しているし、今年はその孫たちも活躍している。
私自身はディープインパクトのレースをテレビでしか見たことがないが、それでも、あの桁外れの強さ、その飛ぶような走りが見れたことは、競馬ファンとして幸せなことだったと思う。
ひょっとしたら、もうこんな強い馬を見ることはないかもしれない。
そう思わせるほどすごかった。
まさに超スーパーホースだった。
まだ17歳。
その死は早過ぎるが、幸い、その子孫は世界中にいて現在も大活躍をしている。
ディープインパクトをしても勝てなかった凱旋門賞に、今年も2頭のディープ産駒が挑戦すると聞いている。
そう遠くない将来、その産駒たちが凱旋門に日の丸を掲げてくれることだろう。
「ディープインパクト、夢をありがとう!」
お疲れ様でした。
安らかにお眠りください。