私が北陸の担当になった頃、創業間もないある会社が勢いを増してきていた。
当然のことながら、既存のお得意さんとの間で摩擦が生じてきて、うちの会社としても、どちらか片方の会社を担ぐというわけにもいかず、難しいかじ取りを余儀なくされていた。
新参の会社は、人脈を生かし、大きな現場を受注していった。
接待の甘い誘い
ある現場の打ち合わせに、次長とその会社の社長を訪ねた時のこと、
商談が終わり、席を立とうとしたところ、「今晩、食事でもいきましょう」と誘われた。
それを聞いた次長は「いえ、今晩は用事があるので、申しわけありません」と断られたのであるが、
先方の社長は「そんなこと言わないで、行きましょうよ」と執拗に誘ってこられた。
次長は、「いえ、用事があるので申しわけありません」と頑として、その誘いを受けなかった。
横でそのやりとりを聞いていた、浅はかな私は「おかしいな、今日はもうこれで終わりで、他の仕事はないはずなのに、どうして断るのだろう?」
「せっかく、美味しい料理をごちそうしていただけるというのに」と思っていた。
相手の術中には、はまらないよ
私は、その会社を出てから、すぐに次長に尋ねた。
「どうして、断ったのですか?」と。
すると次長は「今はまだ、一緒に食事をする時期ではない」と言われた。
「よくわからないけど、そういうものなのかな」と、私は思った。
その後、私はいくつかの業界で営業活動をしていくなかで、接待をすることがあれば、接待を受けることもあった。
そうしているうち、あの時、次長が言われたことがよくわかるようになってきた。
「そんなことで借りを作りたくなかったのだ」
「相手のペースに引き込まれたくなかったのだ」
「たかが1回の食事が高くつくことを知っていたのだ」
食事をごちそうになるだけでも、借りができたような気持ちが生じ、その後の関係に微妙な影響をもたらすものだ。
現在、私は不動産業をしているが、自分でやっていると、そのことがダイレクトに反映されてくるような気がする。
だから、私はそんな匂いがする誘いには乗らないようにしているし、やむを得ず、そういう場に出くわした際には、支払は必ず、自分が持つことにしている。
支払伝票の取り合い
面白いのは、相手もそのことがわかっている場合だ。
「ここは、私が」「いえ、私が」という、支払伝票の取り合いが始まり、
最後は、「では、今回は私が」ということに落ちつくことになる。
この話を娘にした時、「それ、ギャグであるよ」と言い、笑っていた。
そうだろう、傍から見ていると「この人たち、何をしているの」というようなものだろう。
タダより高いものはない
「タダより高いものはない」という言葉があるが、その通りだと思う。
取引相手から、接待の甘い誘いがあると、あの時次長が言われた
「今はまだ一緒に食事をする時期ではない」という言葉を、いつも思い出すのだ。