最高の上司 2 「出張」 クレーム 越前海岸 金沢の夜

木賃宿

私が北陸方面の担当になり、前任者との引き継ぎのため、次長を含めた三人で得意先への挨拶回りに行くことになった。

福井の得意先を回って金沢に入り、その夜は、出張の際、前任者が常宿にしていたホテルに泊まることになったのであるが、ホテルというのは名ばかりで、共同風呂で、部屋には鍵もかからないような汚い宿だった。

前任者は、会社からもらえる出張費を浮かせようとして、少しでも安い所ということで、ここに泊まっていたのだろう。

金沢のある得意先の部長に挨拶に行った際、「あそこに泊まっているのか」と笑いながら、言われていたので、その部長さんと、その宿で待ち合わせをしたこともあったみたいだった。

出張から帰ると、次長が私に「次から出張する時は、あそこはやめておいたほうがいい」「会社の信用にも関わる」と言われたので、それ以来、そこには泊まらなかった。

越前海岸

引き継ぎが終わって間もなく、ある得意先からクレームが入ってきた。

かなり大きなクレームだったので、次長と私とで謝罪に行くことになった。

得意先を訪ね、お叱りを受けた私たちは、深々と頭を下げ謝罪した。

得意先を出ると、次長が「昼だな、なにか美味しいものでも食べに行こうよ」と言われた。

日本海の海岸沿いに車を走らせていると、風情のある民宿が目に入り、昼食もやっているみたいだったのでそこに入ることにした。

季節は初夏、通された2階の窓からは、越前海岸の白波が見え、打ち寄せる波の音が聴こえ、時折、窓から入ってくる海風がとても心地よかった。

海の幸がいっぱいの料理をいただいた。

食事をしながら、次長が「こういう時は、いいものを食べても支社長もわかってくれるよ」と言われたことを覚えている。

「美味しかった!」

その後、私が北陸へ出張する際の2回に1回は次長に同行していただいた。

次長との同行はとても楽しく、たくさんのエピソードができた。

金沢の夜 小料理屋の開拓

北陸出張の際は、朝早くに大阪を出発して、福井に寄り、金沢に一拍して、次の日は富山に一泊して帰るというパターンが多かった。

次長と金沢に泊まった時のこと、夜、「食事ができるいい店を探そうよ」ということになり、出張に来るたびに、一軒一軒お店を訪ね歩いた。

三軒目か四軒目だっただろうか、和風の店構えで女将さんが一人で切り盛りしている、落ち着いた感じのいい店を見つけた。

おふくろ料理みたいな、温かみのある料理が美味しくて、それからは、金沢に泊まる際には、必ずその店で食事をするようになった。

ある時、次長が私に言われた。

「得意先の引き継ぎもたいせつだが、仕事とは別に、こういうお店も会社の伝統として、引き継いでいけばいい」

「そうすれば、女将さんと、以前来られていた・・さんね、というような話もできるようになる」

「仕事だけではなく、そういう楽しみもあっていい」と。

「いい話だな」と思った。