「私、明日から学校に行かないから」
その言葉には「意を決した娘の強い意志」が感じられた。
それは、お盆が明けて夏休みの補習授業が始まった日の夜のことだった。
昨春、娘は市内のある高校に入学した。その高校は進学校で、受験はかなりの難関だったが、なんとか合格することができた。
喜びも束の間、入学してから「進学校の大変さ」を思い知らされることになる。
毎日、宿題が山のように出て、それに加え予習、復習と、夜遅くまで勉強に追われ、勉強以外の時間はほとんど取れないのだ。
娘は好きな絵を描くこともできず、ストレスが溜まり徐々に疲弊していった。
「進学校とはこういうところなのか」、田舎の高校に通い、おおよそ勉強などした覚えがなく、毎日遊ぶことばかり考え、それはもう楽しい高校生活を送った私は、娘が気の毒にさえ思えていた。
そんな娘の様子を見ていたので、娘の言葉を聞いても驚きはしなかった。
はて?「じゃあどうするかな」
次の日は休ませ様子をみたが、気持ちの変化が見られなかったので、すぐに私は担任の先生と連絡を取り、娘の状況について話をするため学校を訪ねた。
担任の先生も理解をしてくださり、「今はまだ夏休み中で補習を受けなくても欠席にはならない」ので、しばらく様子をみましょうということになった。
「生徒思いで熱心な信頼のおける先生だ」と感じた。
2学期が始まる頃になっても娘の気持ちに変化はみられなかった。
それから私は娘を連れて何度も学校へ足を運び、先生と話し込んだ。
先生は「できる限りのことをしてフォローするから、なんとか続けてみないか」とおっしゃって下さった。親の私も「せっかく入学したのだから、できるものなら、なんとか続けてほしい」という思いだった。
けれども、娘の気持ちは変わることなく、最終的には「娘の意思を尊重する」ことになり、転校することにした。
娘とは夏休み中から「転校するならどこにする?」という話をしていて、ある学校に絞り込んでいたので、早速その学校への転入学の手続きを始めた。
その学校は東京に本校を置く通信制の高校だった。
勉強方法は、インターネット・テレビ・ラジオを利用、提携してある地元の高校でのスクーリング、「自分で、受ける授業の予定を組み立てることができる」ので、自分のペースで勉強ができる。
進学校のように、あれもこれもまんべんなく詰め込むようなスタイルとは違うので、その分時間的な余裕が生まれる。
もともと、うちの娘は美術系の大学を志望しているので、それとはあまり関係のない授業はほどほどでいいのだ。
それでは「大学に進学するのには無理があるのではないか」と思われるだろうが、この通信制の高校の実績を確認すると、かなりのレベルの大学にも進学できているのだ。
もちろんそういう人たちは、進学するために自分の弱いところを補うため、塾に通ったりはしているのだろう。
うちの娘は、その空いた時間を利用して、デッサンの勉強をするため画塾に通い始めた。
先日、NHKの「最近、通信制高校で勉強する高校生が増えてきている」という特集番組を見た。
それによると、現在、通信制高校で学んでいる生徒が約18万人いるそうだ。
テレビで見る生徒たちは、それぞれが「目標を持ち生き生き」としていた。
ある女子高校生は、「学校の勉強以外で社会人と交流したい」と、空いた時間を利用して、あるサークルに入り活動している、とのことだった。
その女生徒が言っていた言葉が印象的だった。
「自分から何かを始めなければ何も始まらない」と。
この生徒は「自分の意志で、自主的に何かを始めなければ何も始まらない」ということを身を持って知っているのだ。
机の上の勉強にしろ、アルバイト等における社会勉強にしろ、自らの意思で自主的に学ぶ。
これこそが「真の勉強だ」と思う。
「通信制高校」それは、「インターネット環境を利用する、まさに時代にマッチした合理的な教育システム」だといえる。
全日制高校、通信制高校、どちらにも一長一短はある。
要は「自分が進みたい道を考えるとき、全日制高校の方が向いているのか、通信制高校が向いているのか」ということだと思う。
娘の「もう明日から学校には行かないから」という言葉に始まり転入学が決まるまで、現在の進学校の教育がどういうものなのか、通信制という教育システムがどういうものなのか、私自身も勉強させていただいた。
娘が元気を取り戻したことが何よりです。